2015年8月20日木曜日

成功体験者としてクラウドファンディングの本質(と思われるところ)を少し語ってみた。


もう、なんていうかプレッシャーというか使命感ですよね。加川さんのツイートを拾って今回も適当に書きまくります。なんか僕、加川さんに操られているような気もしますが...。

さて、今回のネタでは宍戸留美さんが制作するCDをプロモーションするための費用を集めるためにクラウドファンディングを利用しています。CDを作るところまでは決定しているんですね〜。で、彼女はあまりに正直なので「音楽サイトや雑誌は広告」であることをナチュラルに説明(というか、みんな知ってるけどあえて突っ込まないだけですが)したことが面白いねという感じになっています。興味ある方は是非読んでみてください。
僕からしたらそもそも40歳過ぎの水着写真集とかオプションにつけられても全然欲しくないのでまずはそこからですよね?っていう感じだったのですが....



すいませんでした。


「クラウドファンディングで何か作る」というスタイルも大分一般的に認知されるまでになってきたように感じています。以前僕もレーベルのリリース作品でこのシステムを取り入れて多くの皆さんにサポートしてもらった経験があります。(みんなIctus買ってくれ!→詳細

この時の成功体験があるので、バンド関係の方からクラウドファンディングってどうなの?っていう相談や、とりあえず話聞いてみたいっていう絡みが何件かありました。CDのリリースやプロモーション、MV制作、海外バンドの招聘なんかでも利用できそうですよね。みんなの想いがひとつになる感覚はまるでドラゴンボールの元気玉システムそのものですし、お金が集まってくるとすごく責任というものについて学ぶことができます。

ただ僕自身はクラウドファンディングのテクニカルなところをちゃんと勉強したわけではないです。それでもうまくいったのは、その本質の部分をなんとなく感じていたからなのかもしれません。それについて少し書いてみますが、多分加川さんが僕に書いて欲しい内容とは違ったものになると思います。あとこれから書くことは何も科学的な検証をしていない、なんとなくなテキストになるので予めご了承ください。


そもそもクラウドファンディングじゃなくても、商売...何かを売ってお金にすることを考えたときに、「単価 × 販売個数 = 売上や!」って考えている人だとうまくいかないんじゃないかなぁという気がします。すげー偏見ですけど金融屋とか優秀なビジネスマンっぽい人までこういう考え方してそうなイメージなんですが、多分これじゃクラウドファンディングが投資型にみえて実はギャンブルになっちゃうんじゃないかな。クラウドファンディングの本質は「都合の良い集金システム」ではないんだと思います。表面上ではそう見えるかもしれませんが...。
表面的な、テクニカルな部分だけ語るヤツは危ないから関わらない方が良い、というのは何でもそうだと思いますが「作るものさえ良ければお金は集まる」というのは多分違うと思っています。その人の信頼度が重要な要素になってくるんじゃないかと。

最近みてた例ではVampilliaさんが映画で成功させてましたし、さすがだなぁと思いました。デスメタルのDeath I Amさんのは批判する人もいました。これは文化圏によって考え方が大きく違うからなのかもしれない。アンダーグラウンドは基本的に嫌儲思想が強いです。でも、挑戦している人を応援してあげたほうがポジティブだと思うし、後に続く人も「こういうことしたら叩かれるのかー」と萎縮してしまいそうです。僕も批判的に書かれましたが味方してくれる人がいたのは本当に救われました。失敗してもいいじゃんと思うんだけど、出る杭は打たれるって本当なんですね。

話がそれました。戻します。

「単価 × 販売個数 × 信頼度」(信頼マイナス属性の人は当然失敗します)

加川さんも「創作物への期待ではなく、活動スタンスへの対価を支払うことになりそう」と書いていますが、これを「サポート」と言い換えることもできます。が、それだけだとちょっと不十分な気もします。例えば、ゲーム制作のケースなど見ててもわかるとおり、ある程度知名度のあるゲームの続編だったり、面白いゲームを作った実績のある人が立ち上げた新しいプロジェクトはお金が集まりやすいみたいです。実績があれば信頼はありますからね。信頼関係がガッチリできてればクラウドファンディングはギャンブルにはならない。大事なのはコミュニケーションなんだと思います。うちのリリースの時も、みんなのサポートに後押しされる形で作品をもっと良いものにしようという動きになって、いろいろブーストされていったしね。「サポート」っていうと一方的な寄付に近いようなニュアンスありませんか? もっと相互的に、こう、なんとかいうか、有機的なものだと思うんです。うまくは言えませんが。進捗を報告し合ったり、もっと良いものができるよう意見を取り入れて改善したりとか、みんなで作って行く楽しさも共有できたら最高ですよね。

あと、良い事ばかりではなくて。アートに関して言えば、クラウドファンディングで作られた作品なので、ということで見え方にフィルターかかってしまう可能性もあるのでそのあたりは注意したほうが良いかもしれません。また、それが信頼によって成り立っていることを忘れた振る舞いをしていると、たとえ一回目は成功しても次回は成功しないでしょうね。


ありがたいお言葉です。

いまでも心折れそうなときにIctusのライナーノーツや翻訳を読み返すと、勇気貰えるんですよ。一生そばに置いておきたい一枚です。
もしクラウドファンディングについて知りたい人がいたら、本を読んでもテクニカルなことしか書いてなかったら不幸なので色んな人の話を聞いてみるのが良いと思いますね。

あとクラウドファンディングでも何でもいいんですが
肝心の音楽の部分がぜんぜん語られないのが一番不幸だと思いますよ。
AKBみたいに「誰も音楽について語らない音楽」って、やばくないですか。
可哀想ですよそれは...。


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2015年8月17日月曜日

あ.... あ.....


俺が悪かったよ....




2015年8月16日日曜日

Raienから始まる最近あった話のまとめ

ただのクソ日記です。
Raienの新譜『Perpetuum』が入荷してきて改めて聴いているのですが、やっぱり彼らめちゃくちゃ良いなと、いろいろ思いを馳せている。

以前3LAでリリースしたBaton Rougeの『Totem』は、メンバーがDaitroを同時進行していた時と違うサウンドなっていて、Daitroを解散し、それぞれの人生観などが反映された正に人生のサウンドトラックと言えるようなアルバムとなっている。(詳細についてはCDのライナーノーツに記しているので是非購入してください)
Raeinの新譜もそれに近いテーマとなっていて、そういうことを音源のレビューに書いてはいるけれども、Raeinの場合はBaton Rougeと少し意味が違う。
彼らの場合は未だに激情シーンの中心に居続けていて、フェスでは美味しい時間帯にプレイするし、Loma PrietaやAmpereなど現行シーンの最前線で活躍するバンド達ともスプリットをリリースする。音楽性も攻撃的ではなくなったとはいえ、やっぱり自分達が築き上げた欧州激情のスタイルに誇りを持っているようにも感じる。
2000年代とは違い、もはやシーンそのものが流行ではなくなっているけれど、2010年に入っても彼らは彼らのやり方でDIYに拘った自主リリースを継続している。シーンの中心にいるけれど、距離も置いているのだ。facebookにアップされる彼らの写真はいつも楽しそうだ。ベテランのバンドが良い作品を作り続けるっていうのが流通してる自分にとってもとても心強い。


同時入荷したCloud RatはRaeinとは対照的に新たにシーンに登場したバンドだった。過去形。今はもうルーキーじゃない。
多くのバンドが1st, 2ndで消えていくのを見ている身としては、3rdアルバムはいよいよ試される時間に入っていると思う。様々なストレスはあるかと思うが、彼らが作り上げて来たものは暗くも美しい名盤と呼ぶに相応しい内容となっている。
個人的にも表現が難解な内容でも、思想が詰まっているのが大好物なのですごく気に入っている。表現としての意味ではkillieとかにも近いと思います。
Cloud Ratはバンドメンバーも人生のステージを少しずつ登っているところで、先日ギターのRorikには赤ちゃんも生まれてバンド以外でも「「「「人生」」」」って感じなのですが、大変だと思うけどサポートは続けたい。
音源のディスコグラフィーCDを出す話があったのですが、頓挫しています。これはうまいことまとめたいと思っていますが,,, ジャパンツアー実現とか出来れば状況も動くと思うのですが。



先日「ハードコアはメタルの手柄を横取りしている」って言われたのですが、そんなことはないから安心しなよ。
3LAではブラッケンドクラスト、ブラッケンドハードコアも取り扱っているけれども、それは何もブラックメタルの客を奪おうっていう話じゃないんだ。現行シーンの最前線では多くのサブジャンル同士がクロスオーバーしている。その中でバンドのメンバーとしての異種配合も起こるし、リスナーのクロスオーバーも起こる。メタラーがハードコアに触れて、ハードコアの世界に入って行くこともあるし、その逆も当然ある。でも、その世界を深く知ろうと思ったらやっぱり「専門店」にいって基礎までディグりたくなっちゃうんだよ。
ウチは暗くて叙情的なハードコアが多くて、ハードコアの暗いヤツを好んで買って行くお客さんがいたけど、いつのまにかゼロ次元(Zero Dimensional Records)のお客さんになっていたパターンも確認されている。彼が本当に求めていたのはブラックメタルだったのかもしれないなっていう話で、要はウチでブラッケンドとかでブラックメタルに初めて触れたとしても、それがきっかけでブラックメタルに本当に興味をもってディグろうとしているヤツの熱い探究心に、ウチでは応えられないっていうこと。
だから専門に深く広く取り揃えている専門店にいくことになるんだよ。ブラックメタルをウチが取り入れたって、その利益は結局のところブラックメタルシーンに還元されるものと思っているよ。きっかけを与えているだけっていう話。
ディストロに必要なのは専門性だと思います。それぞれがそれぞれの分野でスペシャリストになって、クロスオーバーしている部分は共有するけれど専門性が高くなったところは別店舗に誘導すると。それでいいじゃないって感じなんだよね。やっているほうからすれば。

あとこれ!
TwolowのCDリリース情報が解禁されました。
このバンドについて語るのは相当後になると思います。メンバーが語らないので。


....。
まじか。

2015年8月10日月曜日

Ebullitionの話から始めるシーン断絶の話

(続き)

Ebullition Recordsの示した切り口、新しいハードコアの可能性こそが日本で「激情ハードコア」と呼ばれる音楽の原点のようなものだと思うけど。
日本での話になりますが、もちろん日本のシーンに影響を与えているのはEbullitionだけではないことは前提の上でですが、There is〜とかKularaとかそういう界隈でオリジネイターとして今も語り継がれている人達が、活動当時提示していたものが何故今も語り継がれているかというと音楽だけでなくてそこに思想や新しい切り口、視点があるから音楽にもEbulltion同様に強度があるように感じるわけです。なので、僕もディストロという活動を通して好きな音楽を音だけでなくその中身を語り継がなきゃいかんと思うのです。基本的に多くはリアルタイムじゃないので後追いならではの視点もあると思うしね...。時間が経った音楽にはガンガン解釈を加えていって良いんじゃないかという方向性です。

そんなKularaのメンバーが現在関わっているMERMORTの2ndアルバムレコ発が先日行われて、しかもenvyのダイロク氏がドラムを担当というエポックメイキングな一夜があったのですが(ライブ映像があがっていないのが惜しい)これが本当にキラーな内容だった。ライブでの演奏の切れ具合もそうだし、表現しているものをなんとも形容できないが、これこそ激情ハードコアやエモ/ポストロックの未来の可能性なんじゃないかとすら感じさせる刺激的なものだった。共演していたPOWERや2UPなど、先駆者たちが今現在鳴らしている音にはオリジネイター故の何かが詰まっている。言葉にできなかったり、映像でも伝わり切れない「この感じ」がライブシーンの最後の砦のようにも思えます。

この場所に激情ハードコア好きな若いリスナーがほとんど集まっていなかったことはなんとも惜しいなとも思ったが、導線の問題なんじゃないかとも考える。シーンはどこかのタイミングで断絶しているようだ。



若いリスナー、と言えば先日高円寺の二万電圧に3LAで出店させて頂いたときに色々な話を聞いたのですが、「若いバンドで何か良いのないですか」という話で当ブログに度々登場する加川氏から「『明日の叙景』というバンドがイイヨ」と聞いたので今度タイミングが合えばライブを見に行こうと思っています。20代前半くらいのバンドでどんなバンドが良いの?という話題すら情報が我々の耳には届いてこない。これもシーンの断絶の話だと思う。もっとこういう話はオープンにしていけば良いと思うが、ネットには情報が溢れ過ぎている。情報の信頼度が問題だ。

音楽を語る場所は必要ですよね。
それこそ江古田ポレポレポレとかはきっと良い効果が生まれて行く筈。

POLYGON
POLYGON
posted with amazlet at 15.08.16
MERMORT
RINNE RECORDS (2015-09-23)

2015年8月4日火曜日

GLAYから始まるEbullitionの話

だいぶバレているが、ビッグネームが好きだ。
メジャー感のあるバンドの音楽にはやはりそれなりの理由があったりする。
アングラな音楽が好きな時期もあったが何周も経て、メジャーなものの良さに気づいた。
B'zやGLAYの良さ、やっぱりある。


曲を主に作っているTAKURO氏(Gt)は母子家庭なんだよね。
家は貧しかったけど母親が歌が好きでいつも歌っていたから家庭は明るかったらしい。そういう時期があったから、彼には聴いている人を励ます様な歌を作りたいというはっきりした動機がある。ポジティブパワーで作られているので、多くの人に届けばそれはそれで良いと思うわけです。

一方でアンダーグラウンドな音楽というのは↑のようなポップスに馴染めない、言うなれば社会不適合者に共感される要素が多分にあります。
彼ら(あなたも...)は既存のルールからはみ出してしまったが故に、これまでの常識を無視し、時にその爆発的なエネルギーでこれまでにあった常識やルールを覆してしまうことさえあります。以前メタリカの記事でも書いていましたが"アンダーグラウンド音楽の芸術的な価値"というのは、既存ルールを書き換えてしまうようなアイデア、ものの見方、切り口、それらに関わる知性への刺激、に密接に関係していると思います。その価値の根拠が音楽的な要素だけでないからこそ、それらはオリジナルと呼ばれ、クラシックであり続けるというわけです。NWOBHMの勃興、スラッシュメタルの隆盛、SEX PISTOLSの登場、USハードコア...そういったムーブメントは新しい音楽であり、新しい価値観の提示だったという話ですが、ここらへんは今回省略します。


で、「激情ハードコア」の話に無理矢理飛びますが、激情ハードコアのルーツを辿ればEbulltion Recordsに辿り着くのは必然。90年代、Ebullitionというレーベルが提示していたのは当時の新しい価値観、いや新しいというより「こういうやり方、見方もあるだろ?」っていうオルタナティブな提示でした。音楽的にはニュースクールハードコアからの分派という捉え方でも問題ないと思いますが、型にはまることから抜け出し、それぞれのバンドがそれぞれの解釈でハードコアを鳴らしていた時代、その「時代の音楽」が記録され、世界に向けて発信されてきました。そこで重要になってくるのは音楽的な要素はもちろんですが、それ以上にアイデアや思想。音源のひとつひとつにレーベルとしてのメッセージが込められているのも最高。各バンドの音も良いですがレーベルのあり方としてもひとつの手本を示しているように思います。糞みたいな世の中だからこそ、今Ebullitionを再定義し、オリジナルのパワーを取り戻すべきなんです。

日本でいうならenvyやクララ、there is... 後から登場した3cm tour, gauge means nothing, そしてkillie...他にも数々のバンドがEbullition文脈に共鳴して登場しましたが彼らもまたオリジナルな視点を提示した存在です。ジャパニーズ・クラシックです。ものの本質を知るにはオリジナルを知る以外に道はありません。かつて70'sパンクを聴き始めていた20代前半、SEX PISTOLSについて僕はそれほど重要視していませんでしたが今言えることは、当時の僕はアホ以外何者でもなかったなということです。

しかし今でこそEbullitionの評価は確立しているように見えますが、表面的な部分、テクニカルな部分でなく本質についてどの程度まで理解が深まっているのかは謎です。これまでその本質について語っている人を少なくともネット上で見た事はない。これらの本質は実演というボディランゲージでしか語られてこなかったわけです... 多分。

本質を知りたいか?
知りたいのなら教えてやる。
金を払え(レコードに)

音楽は芸術、科学、論理、感情、物理学、心理学などの要素が複雑に絡み合っている。
そして音楽について何がわかっていて、何がわかっていないか明らかになっていない。
ヒントを与えるとしたら言葉の定義こそ重要ということでしょう。

続く