2014年10月2日木曜日

葛飾北斎

先日上野の森まで葛飾北斎展を見てきた。
完全にストレートエッジな生活をしながら死ぬまで自分の絵を発展させ続けたストイックな人というイメージの北斎。アーティスト的なイメージで語られることが多そうだが、彼の芸術的価値を決定づけたのは誰か?という点について考えながら見ていた。それは19世紀にヨーロッパで流行したジャポニズムによるところが大きい。遠近法などの西洋絵画の表現技法を取り入れた浮世絵というものが幸運にも欧米の芸術史の文脈に少しばかり関係性を持てた故に北斎は評価されたのだと、そういうような印象を持った。浮世絵は貴族のものではなく町人文化だ。そして絵師、彫師、摺師の分業により大量生産可能な商品だった。国内で考えられる"アート"とはほど遠い代物だろう。それが西洋芸術文脈で評価され今に至っている。もし浮世絵が国内でしか流通しなかったら、その芸術性も何も評価されなかっただろう。芸術作品のディストリビューションと批評は重要だ。現在音楽アンダーグラウンド界隈に目を向けても日本には芸術を文脈に紐づけて語れる者がもはやほとんど存在していない。専門誌はただの広告、レビューもインタビューも特集も金で買われていく。全てが宣伝文句でそこには批評の精神は無い。「歴史的名盤だ」という文句を見かけても何故そうなのか、誰も語ろうとしない。それとも音だけで十分なのだろうか?ここ最近の考え事のテーマでもある。このテーマについて書かねばならない。ディストロ/レーベルを始めて遂に気づいた。我々は既に次のフェイズに足を踏み込んでいる。言うなれば「サウンドの向こう側」である。(ドヤァ)

北斎展11/9まで。
http://ukiyoe.exhn.jp/

2014年9月7日日曜日

Jimdo Event「Music+Web」に参加させて頂きました。

ONA FESの前日に加川パイセン(respect!)のご紹介によりJimdo Event「Music+Web」に若い衆を引き連れて参加させて頂きました。「ミュージシャンの音楽活動に有効なWebサービスセミナー」というテーマでKDDIウェブコミュニケーションズ高畑哲平さんの音楽とSNSについてのお話を聞いたり、元19の岩瀬さんのソロ音楽を初めて聴く事が出来たりと普段のメタル/ハードコア界隈では経験できない体験をさせてもらいました。なるほど!と思う事多数でした。
若い衆が特に気になっていたのはiphone/ipadと繋ぐだけで簡単にクレジット決済が可能になるSqueare。USスタバで導入されて話題になったスタートアップのやつです。Ona Fes物販でもクレジットカード決済対応してるところ無かった様に記憶してますがこれは凄く良さそう!手数料も安いのでアンダーグラウンド界隈で音楽フェスに出店する方にも是非おすすめしたい。(写真参照、めちゃ小さいです。これをiphoneに差すだけでクレジットカード読み取りに使えます。)
自分の普段触れない世界に触れるととても刺激になります。soundcloud,bandcampに続く日本版のサービスも気になったな〜〜。


という内容でFBに投稿しましたが、自分達がいるシーンって善意で成り立っている部分が多いかわりに世の中の流れに遅れている部分も多くて。未だに世界最先端のサウンドってアンダーグラウンドにしか無いと思っているからその面白さをどう伝えていくのかは考えたいところです。

※スクエアの機器は基本無料です。ローソンで取り扱い始まっているそうです。ローソン980円ですが、1000円のキャッシュバックがあるので無限ループしましょう。

http://www.lawson.co.jp/service/static/square/


2014年8月28日木曜日

趣味と実益を兼ねる音楽取引販売(ルールを決めない限り君は敗者となる)

ディストロでもブログでも株の取引でもなんでも良いのだが自分のルールを決めないと敗者になるしかない。なぜならルールを決めない限り、それはただのギャンブルにしかならないからだ。そのルールの精度が高ければ高いほど生き残る確率は高くなる。
音楽取引販売に関して言うなら、入荷する音源の選定基準、枚数、再入荷の閾値、商品一枚あたりの利益率(または販売価格の算出方法)これらを適当にやっているとしたらそれはギャンブルでしかない。ギャンブルでも成功してれば良いのかもしれないが、データが蓄積されないし環境の変化に適応できなくなる。ギャンブルで大勝するのではなく、小さく勝ち続ける。できるかぎり感情を排除してルールに従って判断を自動化するくらいが良い。その上で感情の判断にかける。ルールは常に精度を高くするために作りなおしていく。どうしても入荷したい音源もあるのでそれは例外にすれば良い。
自分でルールを作らなければ、相手のルールに従うことになる。これは人生についても同じ事だ。22時以降の電話には出ない。19時以降は働かない。終了時間の決まっていない遊びには付き合わない。お世話になった人にはとことん付き合う。初めての人と会うときにはその人のことを調べておく。なんでも良いのだがそのルールがあって初めて相手と交渉になる。相手のルールを飲む場合もあるし、こちらのルールを飲んでもらう場合もある。
嫌な思いをしたらそういうことが二度とないようにルールを書き加えていく。失敗したら次回そうならないよう精度を上げていく。ウチは他店舗限定で特典が付いている音源をもう取り扱いたくない。何年も前から変わってない販売店が3割しか利益を取れない決まりもおかしいと思う。しっかり売る努力するレコード屋も努力しないレコード屋も同じ利益率だ。大型店舗に特典をつけたりするバンドやレーベルにもレコード屋のモチベーションを削いでいることについての責任はあると思う。自分だけ勝ち逃げしようとするような人には関わらないようにしたい。

2014年8月8日金曜日

メタリカ vol.12 『LOAD』...バンド史上最低のアルバムを今、再評価する!!



初めて聴いた当時、まったく何が良いのかわからなかったこのアルバム、しかし今改めて再評価してみようではないか!

という気持ちで久しぶりの投稿ということで改めて聴きなおしています。
もう既にリリースから幾年も過ぎてメンバーの心境も変わって来ているようで今では「『LOAD』『RELOAD』のときは何て言うか、集中力がなかったよね〜」みたいなことをラーズも語っているわけで、ライブのセットリストからもほとんどの曲がすぐ外れてしまっているという事実からもバンドにとってもリスナーにとってもあんまり良い思い出ではないアルバムですよね。というかこの時期既にメタリカの創作意欲は下降気味。セールスは相変わらずモンスター級だけれども同時期のメガデスやスレイヤーのほうは作品としては良いものを生み出している。作品の出来で評価されているわけでないという証明でもあるわけですが。

ブラックアルバムと比べてもサウンドのビジョン、アイデアも全く不十分と言わざるを得ない。メタリカ脳になっている自分としてはこういう不完全な作品も残してしまうところが人間らしくて良いなという感想です。ただ良い曲もあります。「Hero Of The Day」は新たなメタリカのサウンドを描き出しいるし、「Mama Said」は両親が離婚し、母親も早く死んでしまったジェイムズの過去が反映された美しい曲になっていてこの曲だけクオリティが段違いになっているのが驚きです。良い曲もあるけれどもアルバムとしてはやはり評価できない。

このアルバムから得られることは新しければ何でも良いわけじゃない。メタルの伝統を踏まえた上で新たな価値観を提示できなければそれは駄作にしかならない、ということくらいでしょうか。やはりメッセージがないんですよねぇ...

2014年6月9日月曜日

メタリカ vol.11 『METALLICA』売れた・・・!めっちゃ売れた!



めっちゃ売れたメタリカのタイトル無し、というかセルフタイトルアルバム。
全世界で3000万枚以上売れまくったアルバムでありバンドの人気をメタルだけでなく多くのロックファンや一般層にまで広めた怪作。通称「ブラックアルバム」。
実質セルフタイトルアルバムですが、1stアルバムでないセルフタイトルアルバムというものは大変危険な代物でして、というのは1stでないセルフタイトルの場合はバンドの一念発起や再出発時に採用されるケースが高くその多くは残念な駄盤フラグとなっているのが現実。多くのバンドがセルフタイトルで新たな音楽性を打ち出し、散っていきました。そんな中メタリカのブラックアルバムも新たな音楽性を打ち出したものでしたが世界で大成功をおさめることができました。
その新たな方向性とは、BPMを落とし、より音楽性を拡げた楽曲、そして新しい重さの解釈を提示したものでした。前作でまとまりの無かったバンドがボブロックの下、本当に新たなバンドとして生まれ変わったアルバムであり新たな方向性について何ひとつ迷いのないバンド、サウンドチームを含めた全員の結束の固さを感じさせます。カークのソロもいつも以上に手癖ですがそこにはもう何も迷いもありません。しかし、その方向性が本当に新しかったのかと言われると実はそうではなくMaster Of Puppets期からBPMを落としたり新たな楽曲のアプローチを試してみたりということはしていました。それでは何が違うのかというと、新たなフェイズに入ったということをはっきりと提示しスラッシュメタルに公に別れを告げたということに他なりません。バンドの方向性とその効果を最大化するためにマネジメントサイドはアルバム制作過程を記録し続け、後にドキュメンタリー映像作品として発表していますがこれもアルバムを何かすごいものであるように見せる仕掛けでもあります。制作過程を見せることで、オーディエンスの感情移入を促すというやり方は後のSt.Angerでも採用されており、そのドラマを見せることでアルバムを体験するリスナーにとって作品は物語性のあるものになります。
それがなくともこのアルバムには多くの仕掛けがあります。またギターリフのひとつひとつが本当にキラーでサウンドも多彩、演奏はパワフル、オリエンタルなメロディーも"意図的に"多く導入されています。そして今まで以上にヘヴィで激しいサウンドながら楽曲に普遍性を与えポップに聴かせる、という速くないのにめちゃくちゃ重い激しいという新しいヘヴィネスの概念を提唱するという偉業を成し遂げたアルバム。スラッシュメタルではありませんが、リフも楽曲も一切の無駄がなくその一瞬一瞬が素晴らしい輝きを持っており純粋にヘヴィなロックとして今聴いても色あせていないのが驚きでしかない。以降のストーナーメタルやニューメタルとも関係性が深くメタルをある意味でポップなものにしてしまったという意味では罪深いアルバムであり、またスラッシュ時代の終焉を見越していたのかもしれません。
・本作から学べる教訓としては、常にシーンの新たな概念を提示しろ。
ということなのかもしれません。新たな概念はすなわち新たなルールとなり、ルールを制定した者がそのゲームを制することになるからです。それがメタリカが勝ち続けてきた理由のひとつでもあります。

2014年6月8日日曜日

レコード業界の搾取

音楽界隈ブログの記事の中で『レコード会社に頼らず自分でCDを売っていくDIYスタイルで喰っていく方法』というのはある種のブームだ。アクセス数を稼ぎやすいのだろう。「ライブでCDを手売りをしてネットでも販売しよう!」というような記事を鵜呑みにした若い音楽家がまたそれらを拡散させ、今の時代はCDは売れないだの中間業者は介さない、レコード会社に存在理由がないだのと語る。彼らはレコード屋やレーベルさえも中間業者=搾取側と捉えている。作品をできる限り安い値段でリスナーに届けたいと考え、中間業者を介さずできるかぎりダイレクトにリスナーと繋がりたいと考える。録音もマスタリングも自分達でできるしDIYですべて事足りる。プレスCDも簡単に、しかも安く発注できるので完成したCDもとても安価だ。無料で音源をアップロードもする。"CDを制作する為のレーベル"、"CDを販売する為のレコード屋"が彼らにとってあまり必要ではなくなっているのは事実だろう。本当に純粋だと思う。

2014年5月6日火曜日

趣味と実益を兼ねる音楽取引販売(Amazon編)

Amazon販売に関して、商品の登録と出品についてQ&Aを別エントリにまとめました。
その中で思った事がまずAmazonに登録する前に自分がどうしたいのかを決める必要があるなと思いました。Amazonは手軽とは言っても事業者コードを取得する過程(約13000円)や、大口出品アカウントの取得(無料または月額4900円)はお金がかかっているのでリスク0ではありません。ただリスクを取らずして恩恵だけ頂こうというのは無理な話ですので、バンドとしてリスクをどの程度とっていくのかという話と、見込み販売数が何枚くらいでそのうち何枚がAmazonで売れたらOKなのかという話は決めておきましょう。

Q&Aでだいたい書いてしまっていますが、追記として書いておきたいことも残しておこうと思います。
別エントリで書こうと思っている内容とリンクする部分でもありますが、このやり方を金儲けのやり方だと思うかどうかは受け手に任せます。僕は利益を追求するのではなく多くの人に作品を聴いてもらいたいと思うのならば、なおさらAmazonを利用しない手はないと思いますがね・・・。
作品は聴かれたがっている。っていうのは大前提にあります。

①Amazonでの販売は自分のリリース以外でも可能
実は大事なことなのですが、自主制作音源を作ると最初ある程度のCD取扱店に出荷すると思いますがそれだけだとおそらく数百枚単位で初回プレス分が余るのではないでしょうか?残りはライブで売る?あと何回のライブで何枚売れる?毎回買ってくれそうなお客さんが来てくれる?100枚、200枚くらいならすぐに無くなるかもしれないが・・・。
この自主音源の在庫の問題について、バンドがAmazonで販売チャンネルをもつことがひとつの解決作にもなり得る。ただし、J-POP系は使えない。DIYシーンに近いジャンルのみが可能な方法だが、それは自分たちの音源を海外レーベル作品とトレードを行いAmazonで販売するというやり方だ。
そこそこ有名なバンドであればAmazonに既に商品情報が登録されてるが、マイナーバンドはされていない。しかし事業者コードを持っていればマイナーバンドのどんな作品だろうと商品登録して出品することが可能ということだ。これは法的には何の問題もない。ここではバンドはバンドではなく再販業者(=ディストリビューター)としての役割を果たす事になる。たとえば取得した事業者コードの500番以降をすべてトレード音源を販売するためのコードにしてしまえば良い。CDプレスは一枚あたり高くても原価300円くらいだろうからトレード輸入したCDを1500円ほどで設定すればAmazon手数料を差し引いてもメリットはあるだろう。
作品のトレードはたとえ販売しなくても自分たちの好きなレーベルとトレードができるならそれだけで利益とも言える。プレスした音源と、海外音源を物々交換、素敵じゃないですか。海外レーベルとの繋がりもできますし、もしかしたら向こうからリリースの話ももらえるかもしれません。

②大口出品アカウントで全てを自動化
大口出品のアカウントで最も魅力的なのがフルフィルメントというサービスだ。
これはAmazon倉庫に自分の商品用の棚を作ってもらい管理してくれるというサービスで、商品の注文があるとその棚からピックアップ、包装、梱包、出荷まですべてをAmazonがやってくれる。お客さんの支払い方法もクレジットカード以外にも銀行振込、コンビニ払い、代引きなど自由度が広がる。そして自分は在庫が少なくなってきた商品をAmazonにまとめて送りつければ済むというわけだ。梱包や出荷など時間がかかる業務をすべてアウトソーシングすることで、在庫管理と販売手数料は新たに取られるが自由な時間ができ音楽制作により没頭できるというメリットがある。もしCDが多くの人の手に渡って欲しい、利益などいらないというならばこの方法を試してみるのもいいかもしれない。
自分達の音源とトレードした音源をどんどん登録していけばそこそこの金額が定期的に入る様になるかもしれない。

今日ネットでいろいろ調べていたとき、とあQ&Aフォーラムの回答欄にこんな文章がありました。
「バカだからバカは好き。でも何も試そうとしないやつは嫌い。」
与沢さんも自分が経験したことしか理解できないと言っていたし
DIYを目指す過程で色々試行錯誤することが大事なんじゃないですかね。



2014年5月2日金曜日

趣味と実益を兼ねる音楽取引販売(Q&A)

以前からバンドが音源をつくり、販売し、DIY活動のサポートになればと思って書き溜めていた文章があったのですが、
先日お世話になっている人から音源販売に関する質問があったのでそれとは別なのですがQ&Aという形で掲載します。
後日記事は音源(レコード、CD)の制作から流通、マーケティングに関して↑のタイトルでまとめるつもりでいました。
※「商品登録」と「商品出品」の意味が明確に違いますのでご注意ください。

Amazon販売に関してのQ&A

Q1.バーコードを取得する必要って本当にあるの?

A.ある。
正確にはバーコードではなく事業者コードを取得する必要がある。
それは卸業者にCDのディストリビューションを依頼するためではなく、自らの手でCDを売るために必要だ。

事業者コードの取得の方法については以下のようなブログなどでネット上にいくらでも紹介されている。
http://pronama.azurewebsites.net/2013/06/09/jan-code/
費用は13000円くらいで、一回取得すれば999点まで登録できるので数バンドでお金を出し合ってもいいと思う。
各バンド001〜099、101~199、201〜299と割り振っていけば最大9バンドで事業者コードを分け合えるだろう。

それはともかく何故事業者コードが必要かというと、Amazonで販売するために商品のコードが必要になる。
"卸業者を通してAmazonに卸す"のではなく"Amazonで顧客に直販する"のだ。
大きなメリットは3つある。

①委託販売だとたいてい7掛け(30%が販売店の取り分となる)だがAmazonの手数料はいろいろ差し引いても20%前後、
つまり買取や委託で店に展開するよりもずっと利益率が良い。
②販売分は2週間毎に精算される。
委託販売は精算までの期間が長くなるケースが多いためキャッシュフロー的にも健康だ。
③新規顧客獲得のチャンス
直で音源を取り扱ってくれる店だけでなく世界でもっとも利用者の多い音源販売サイトとしてAmazonを利用しない手はない。
気になるバンドがいたらとりあえずAmazonで買えるか検索したことはないだろうか?
バンド自身のウェブサイトでの販売は既存のお客さんにはPRできるが新しいお客さんを開拓するという点では弱い。
店舗やディストロへの委託はもちろん新規開拓には有効だが、Amazonの利用者数は他の店舗を圧倒的に凌駕する。
発売直後の購入層は主に既存顧客となるだろうが、それ以降は新規層がメインになるはずである。
「いかに新しいお客さんへリーチするか」は常に考えるべき命題だ。

CDの価格はいくらだろうか?
仮に1500円だとしても10枚も販売すれば、事業者コード取得の費用は回収できる。
また次の作品をリリースするときは002からコード使うだろうから商品コードでは追加の費用は発生しない。
継続的に作品を発表していくことを考えた場合、そのリスクは本当に微々たるものだ。
ちなみに3LAもIctusのディスコグラフィからAmazonで販売を開始したが3日以内で費用は回収している。

Q2.バーコード取得しないとどうなる?

A.とくにどうにもなりませんが、Amazonに商品を登録することができないので上記のメリットを失います。
商品コードが存在しない場合、Amazonでの販売は諦めることになります。

Q3.Amazonのアカウントを持てば誰でも出品できるの?

A.誰でも出品はできますが、商品登録ができません。
Amazonでオリジナル商品を販売する場合、簡単に言うと
①商品をAmazonのカタログに登録(商品コードが必要)
②カタログに掲載されている商品を出品
という2ステップが必要になります。
商品登録をするには「大口出品」のアカウントを申請する必要があります。
Amazonの出品には「小口出品」(個人向け)と「大口出品」(企業向け)があり商品登録ができるのは大口出品のみになります。
小口出品は月額利用料無料ですが、大口出品は月額4900円の利用料が請求されます。
ただ、そこには抜け道があるので月額4900円を払い続ける必要はありません。
我々が必要なのは②のカタログ掲載されている商品を出品する方がメインになるので以下2通りのやり方があると思う。
個人的にはBを推したい。
A.作品のリリースのタイミングだけ大口出品にアカウントを切り替える。(対象月のみ4900円を請求される)
B.新規アカウントを作ると大口出品が3ヶ月無料になるので商品登録用の捨てアカウントを作る。(Amazonセラーセントラルのトップページを要参照)
三ヶ月経ったら退会し、新規アカウントを立ち上げる。
こちらのアカウントでは商品登録専用にして、バンドの公式アカウントは別に作成、そちらは販売専門にする。

Q3.Amazonの販売手数料ってそんなに安いの?

A.だいたい20%。
大口出品にはしない前提で考えているのでそれ以上の費用は発生しません。
Q1でも回答していますが店舗に委託するよりずっと良いです。
必要なのは発送の手間だけです。
そんなおいしい話があるのかといわれますが、ECサイトの手数料はそんなもんです。
ちあみに楽天は出品規模にもよりますが約8%、Yahooは約15%くらいなのでAmazonは実は高いんですよ。
楽天、Yahooは月額使用料が5万とかいくんで月額でみると高いですけどね。
Amazonは月額が安くて手数料の比率が高いんですね。

あとAmazonで買ってくれた人に対して感謝状を同封したり、他のフライヤーとかライブ招待とか
個人対個人になるから色々考えればできると思います。
そのあたりは各自の工夫に任せるとして、今回はこんな感じで終了します。
質問があればお気軽にどうぞ。

追加で質問きたのは以下、あとでAmazon編としてまとめよう。

Q4.Amazonの大口出品と小口出品の違いは?

http://services.amazon.co.jp/services/sell-on-amazon/individual-promerchant.html
まさにAmazonが提供している比較ページでその機能を確認できる。
月額プランは商品登録をするために必要なもので、小口/大口の切り替えは一ヶ月単位で可能だ。
上で説明したような3ヶ月の無料アカウントで登録するようなやり方が好きではない方にはやはり商品登録の時期だけ大口出品アカウントに切り替えてもらう他ない。
大口出品するとAmazonに出品者情報が掲載されたりとお客さんの安心感も違うと思うけどそのあたりは見込み販売数との兼ね合いです。(見込み数をたてずに出品することはおすすめしない)

Q5.アカウント新規作成で大口出品3ヶ月無料のキャンペーンてなくならないの?

A.ここ数年ずっとやってますが、いきなりなくなる可能性はあります。

Q6.バーコード無しで商品登録できるやり方がネットに掲載されているけど?

A.商品によっては可能ですが、いずれも大口出品の場合のみで
さらにCDや本などはできないです。
工業製品だったり輸入品だとバーコードなしでもcsvで一括登録できたりしますが
こういうメディアモノは基本的にNGとなっています。

2014年4月2日水曜日

メタリカ vol.10 『...And Justice For All』バンド自身のコントロール下を外れた駄作

 

メタルマスターのツアーも多忙の中で制作された1988年作4th。
ここではジェイソンニューステッドのいじめやサウンドの変化については書かない。このアルバムの要素についてのみ書く事にしよう。実際、ニューステッドはいじめられてはいたが彼のアイデアは楽曲にも反映されクレジットにも記載されているし周りや本人が言う程酷い待遇ではなかったという説もある。当事者でない限りゴシップでしかない。逆に言うと、このアルバムには内容と関係ない情報がまとわりついている。実はそれ自体がメタリカの仕掛けた罠なんじゃないかと俺は思っているのだ。(詳細はSt.Angerで解説する)
このアルバムを構成しているのは「機械的になった無機質なサウンド」「やたら長編で冗長な展開」「ベースの音量小さ過ぎ」などなどだろう。たしかに良い曲もあるけれど、前作までのアルバム全体で放たれる圧倒的な熱量というものを感じない。なぜそうなってしまったのか。なぜこんな状態でリリースしてしまったのか。前作までが最高だっただけに、このアルバムは残念すぎる。もったいない駄作だ。
いろいろ問題はあったのだろうが、そのひとつにメタルマスターを完成させてしまったことでメンバーもスタジオエンジニア達に任せていれば良いものが出来上がるだろうと過信していた節がある。超多忙のツアーの合間にスタジオに戻りながらミックスが進められたスケジュールの中で、メンバーは引き返すべきタイミングをすっかり逸してしまった。彼らはサウンドやミックスをコントロールできていなかった。そしてクリフ無き時代の新しい"メタリカ"が始まっていることをメンバー自身が認識できていなかった。もっと簡単に言うなら作品完成へのアイデアが足りていなかった。しかし政治的な歌詞やONEでのミュージックビデオなどいくつかの偉業は成し遂げているのは救いだったのかもしれない。
結果として本アルバムの楽曲達はあっという間にライブのセットリストから外れてしまい、BlackendやOneあたりがレギュラー入りすることになった。「無機質なサウンド」、ではあるがバンドの不完全さを伝えているという意味では非常に人間くさい。本作での失敗があったからこそ彼らは自らをコントロールする重要性を再認識したのだろう。次作『ブラックアルバム』では新しい方向性を定め、世界のヘヴィロックに革新を起こしたのだから。
このアルバムが伝える最大の教訓は
・自分の作品は自分でコントロールしないと大変なことになる。
ということだろうか。

2014年3月23日日曜日

ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体

先日読み終えた本。
「若者がモノを買わない」時代、唯一旺盛な消費欲を示しているのがヤンキー層だ。」だそうです。
ヤンキーといっても昔使われていた不良の「ヤンキー」とは意味が異なっていて、著者は現代のヤンキーを「マイルドヤンキー」として再定義している。
なるほどねと頷ける指摘がいくつも載ってるけれどその中で特に気になったのは、地方で生活するヤンキー層の中には「変わることのない日常が今日も明日も永遠に続けば良い」と考えている若者が多いということ。やたら仲間とつるみたがったり、いつものメンツ/いつもの場所の繰り返し。上昇志向の無さだったり、計画性の無さだったりと、彼らの無教養さを見下すような語り口になっていて上から目線だよなーと思いつつ、これヤンキーに限った話じゃない。人に与えられた時間は有限で、繰り返される日常も変わらないようで本当は少しずつ変わっていく。そこに気づかないままいつの間にか自分は取り残されていたりする。
そこで思ったのが、THA BLUE HERBの1stもそんなマイルドヤンキーの時代の始まりとともにヒットしたんだよなと考えると東京vs地方/アンダーグラウンドvsメジャーの構図は本気で地方に踏みとどまって闘っている人間を勇気づけた面ももちろんあったのだろうが、しかし同時にただ勇気の無さや計画性の無さで地元を離れられなかった人間にも言い訳を与えてしまったのかもしれない。例えば、BOSSをやたら信奉してたりするモラトリアムな大学生っていうのは後者なのかもしれないと。(ブーメラン)
本当に内容が正しいのかどうかはわかりませんが、書いてあること自体は前半部結構面白い。後半はつまんなかったです。

2014年3月19日水曜日

メタリカ vol.9 『Master Of Puppets』もしスラッシュメタルのマネージャーがドラッガーを読んだら



前作『Ride The Lightning』の話題はメジャー界隈にも届き、遂にメタリカにもメジャー契約の手が伸びてくる。メタリカの噂を聞きつけたエレクトラレコードのマネージャーは彼らのショウを見てその場でこれはいけると確信したというが、そのショウはバンドにとっては最悪の出来映えのものだったらしい。とにかくメタリカは『Ride The Lightning』のツアーの合間にもはやくも曲作りに入っていき、このアルバムを完成させてしまうのである。
このアルバムの素晴らしさについては今更言う程のこともないのでできるだけ簡単に説明すると、とにかく音が良くて、曲はメロディに溢れていて叙情的で、スラッシュメタルのみならずより大きなヘヴィメタルとしての名盤となったアルバムである。今回のエントリーでは内容ではなくその構造的な部分に焦点を当てていくが、メジャーレーベルと契約したメタリカはバンドのことは全てバンドで決めるということをやめ積極的に外部の意見を取り入れるという方法を取り始めていることに注目したい。アルバム作品によってその度合いは違うとは思うが、少なくともブラックアルバムやSt.Angerにも外部の意見がおおく取り入れられていると考えている(別の投稿でまた書きたい)。メタリカがマネジメント契約を交わしたQプライムという会社は超敏腕のマネジメント力を誇っており、多くの著名バンドから無名なバンドまでがお世話になっている。彼らのやり方は、どんなバンドにも全力投球で力を注ぎバンドの良さを最大限まで発揮させるやり方を見つける。後に公開された映画「メタリカの真実」でもメタリカのそばに精神面への助言を行うポジションの人物がいたのを疑問に思わなかっただろうか?あのような形でバンドの力を最大限発揮させるためにこのアルバムでも方向性を決めるにあたりマネージメントの力が大きく作用している。つまり、このアルバムをどのような位置づけとして売るのが最大のパフォーマンスを発揮するのかということが考えられているのだ。
マネージャー「『Ride The Lightning』をもっとメジャーで聴けるサウンドで作りなおせばいけるんじゃね?」
辿り着いた答えはアンダーグラウンド向けではなく、メジャーフィールドで戦えるためのサウンドと楽曲を揃え従来のスラッシュメタルから更に上の次元へとステップアップすることだったんじゃないだろうか。前作のような歪みまくったギターサウンドはここには無い。かつてのヤングギターで説明されていたように、ギターサウンドは"クランチに毛の生えた程度"の歪みであり、ダウンピッキングの鋭さとギター本体のボディの鳴りを重視して切れ味のあるサウンドを作り出した。ドラムは非常に重厚でバンドアンサンブルのそれぞれの楽器は完全に分離されている。それはスラッシュメタルというにはあまりにも綺麗に整えられたサウンドで、はっきり言ってしまえばオーバープロデュースなものだった。楽曲の合間にはSEのようなドラマチックな効果音も導入され、ゆっくりメロディを聞かせる曲も増えた。このような大きな変化はエクストリームなサウンドを求める旧来のコアキッズたちからは批判の的となったが、多くのリスナーは好意的に受け止めメタリカはより大きな客層を取り込んでいく事に成功するのである。時代が産業ハードロックに飽き始めたという追い風もあっただろう。
彼らは想像力が枯れてしまったりDIYを諦めたからこのようなやり方をとったのではなく、自分達もいつまでもバンドがスラッシュメタルとして活動していくとは考えていなかったようだ。常に悩み、考えていた。それ故に経験のある者とタッグを組んだ。下手にプライドを持っていたりするとなかなかこういった行動がとれずに自滅していくのだ。その答えが『Master Of Puppets』だったのではないだろうか。これはアンダーグラウンド時代のメタリカをメジャー向けに再構成した集大成なのだ。その証拠にアルバムの楽曲そのもののアイデアはRide The〜のときとほとんど変わっていない。Kill 'em〜かたRide The〜に飛躍したほどのアイデアはここでは生まれていないのである。つまりMaster〜はスラッシュメタルの"サウンド改革"に過ぎず、本当の"スラッシュ革命"はRide The〜で既に起こっていたということなのだ。
話がそれたが、今回の作品から得られる教訓は以下である。

・外部の意見を取り入れる
多くのバンドは自分達のことを客観的にみれていない。バンドとマネージメントのミーティングの場を何度も持つことによってバンドは自分達の良さ(価値)を再認識できる。
バンドのビジョンを共有できる人物だったらマネジメントを任せてバンドは曲作りと演奏に集中するのも良いと思う。自分の持てる時間は有限だ。

・サウンド自体は聞きやすいミックスにしている
「アンダーグラウンドの帝王」とも言われたが彼らはアンダーグラウンドには固執していない。むしろ音楽性を変えずにより多くの人に聴かれるためにはどうしたら良いかを考えた。またスタジオでの時間も増えたためミュージシャンシップも生まれていた。自分をより売り込むために、せめてその商品の見た目を整えようということ。

・重さや激しさを表現するために必ずしもBPMは必要ない
速さを捨てた事によりその後のブラックアルバムの基となる要素が現れ始めている。曲を遅くすればそこにメロディを生む余地が生まれる。何かに特化した要素が別の何かの成長を阻害していることもあるということ。

2014年1月23日木曜日

DIYは物を安売りすることではない

killieの人が執筆しているコーナー「事情聴取」が楽しみでdepOnを毎号スタジオで貰ってくるのだがここ数回、お金についての話しを小出しで書いている。特に気になったのは「値段を安くして売るのがパンクだと思っている人もいる」や「ディストロもはっきり言ってネットが存在する時点で半分以上の意義を失っている様に思うし(中略)本気で値段を安くして入荷、販売しても見向きもしない人が沢山いる」云々の記事で、読みごたえのある内容だし考えさせられることが多い。
もちろん彼の全てに同意しているわけではないが、音源の値段を安くするという行為やフリーダウンロードには個人的にも商売的にも反対だ。自分で商品となる音楽を生産から販売まで携わるようになってから、コストの計算がいかに大切か、そして回収するのがいかに難しいかを身にしみてわかってきた。音楽や音源には原材料費以上に時間と人の手が掛かっている。レーベルがフィジカルでリリースしている音源をフリーダウンロードにするバンドもいるし、ほぼ原価で提供するディストロも存在するしそれ自体はそれぞれ自由にやればいいのかもしれない。もしかしたらそれなりの戦略があるのかもしれない。
しかし実際に掛かっているコスト(時間、人も)を評価しないという行為は残業時間をカウントしないブラック企業と同じではないのか。それは一体何の為になっているだろうか。DIYは安売りのことではない。パンクも仲間内で回すだけで終わる音楽ではない。自分達のやっていることの価値をきちんと評価しているミュージシャンは決して安売りなどしない。メタリカの『Ride The Lightning』のように自分達の音楽の力で新規市場を開拓し、そこで自分達の音楽を売り金を得て、そして自分達が生活していく。この精神がパンクのDIYなんじゃなかろうか。

2014年1月22日水曜日

メタリカ vol.8 『Ride The Lightning』最高傑作の誕生とスラッシュメタルとの決別



前回紹介した1st"Kill Em All"から1年後くらいにリリースされたのがこの2nd
"Ride The Lightning"で、この作品がスラッシュメタルとしてのメタリカの最高傑作だ。
アルバムのレコーディングは1st後のツアーの合間をぬうような形で行われており楽曲自体はKill Em All期のツアーでも演奏されている曲が多い。作曲のクレジットにもまだデイヴムスティンの名前も載っているように楽曲の原型はバンド初期からあったと考えて良いだろう。しかしバンドアンサンブルの次元の進化はすさまじい。前作からたった一年でこんなにもバンドは変わるのか。曲の激しさや重さを表現することにおいて、ディストーションをかけすぎる必要もないしスピードに頼る必要もないということを彼らは既に知っているのだ。つまり場合によって曲のスピードを落としじっくりとしたアレンジでも激しさも重さも怒りも表現できるということを実証しているわけある。楽曲のテーマもビジョンも全てが桁違いだ。メタリカがNHOBHMに強く影響されたヨーロッパスタイルのスラッシュメタルだということは常々いわれていることではあるがアメリカのシーンに異なる方法論で勝負を挑んでいった彼らだからこそ確立できたオリジナリティであり、それは英国ブリティッシュロックの伝統こそが最強のロックの歴史そのものなのだと証明しているかのようである。美しさと激しさを兼ね備えており楽曲も非常にドラマチックであり、この世にリリースされたスラッシュメタルのアルバムの中でも一切の隙のない全てが完璧に構成された最高傑作である。
このアルバムでは既に後続のスラッシュメタル勢とははやくも距離をとりはじめていることも注目に値する。当時既にラーズはメロディアスに、より聴きやすくなったアルバムに対しての賛否両論を予測していたが(そしてその予想通り一部のガチ恋メタルキッズからはセルアウト的に批判されている)インタビュー等でも楽曲をスタジオで組み立てていくスタジオワークを楽しみ始めているというようなことも言っているし、ただのメタルキッズではなくミュージシャンとしての資質が開花し始めていることの現れだろう。
つまりももクロで例えるなら"Kill Em All"="ももいろパンチ"なのであり、"Ride The Lightning"="怪盗少女"なのである。新しい領域に足を踏み込む為には古いしがらみにとらわれていては進めないのだ。""怪盗少女"(それは新規顧客へむけての自己紹介ソングであり、彼女達を既に知っているオタ達に向けて歌われたものではない)でこれまでの従来アイドル路線を完全脱皮し、保守派古参オタを切り捨てて進んでいったようにメタリカもより新しい次元に向けて進む為に脱皮したのである。それは最高傑作誕生と同時に、スラッシュメタルというシーンそのものと決別した瞬間でもあった。
そしてもう一点、このアルバムはバンドとしてのメタリカによって作られた最後の作品であると思っている。以降のアルバムはバンドとしてだけではなく、より大きなチームとして作られていく作品である。